| Who is JFM?
アッと驚くような世界的アーティストの名が・・・
JFMはいくつかの名前を使い分けてポピュラー音楽界で活躍してきた。本名はヤコブ・フリーマン・マグヌッソン。ヤコブ・マグヌッソンという名前が一番多いが、時にはヨッビ・マッガドンやフリーマン・フリゲンリングの名を使うこともある。JFMが音楽活動を開始したのは15歳の時に結成したスツーヅメンで、このグループはアイスランドでは25年以上もナンバー・ワンの座に君臨している。以来ヤコブはミュージシャン以外のさまざまな役割も負いながら、アッと驚くような世界的アーティストと活動を共にしてきた。
このチラシを読んでいるあなたが長年のロック・ファンであれば、ヤコブの経歴が創世記のブリティッシュ・ロックやウエスト・コースト・サウンドの歴史と直結していることがすぐに分かるだろう。若い音楽ファンには、そういった歴史に触れるきっかけになることを願いたい。
例えばイギリスへ渡ったJFMに巡ってきた縁はエルトン・ジョンだった。JFMはエルトンの後釜としてロング・ジョン・ボールドリーのバック・バンド、ブルーソロジーに参加。そして60年代の伝説的バンド、ソフト・マシーンのケヴィン・エアーズのソロ・アルバム『スウィート・デシーヴァー』(1975年)では、ヤコブがヴォーカルとオルガンで参加する一方エルトンがピアノを演奏した。
ブルーソロジーとのツアーやレコーディングが一段落すると、JFMはフィル・コリンズと共にイエスのオリジナル・メンバーであるピーター・バンクスが結成したエンパイアに加わり、アルバム『Mark
I』と『Mark II』をレコーディング。そしてエンパイアのメンバーであったフィル・コリンズやジョン・ギブリンの力を借りて初ソロ・アルバム『HORFT
I RODANN』を完成。このアルバムのバックには、ロンドン交響楽団の演奏も入っていた。
エンパイアのメンバーとして渡米したことからJFMの手腕はロサンゼルスでも噂になり、70年代末にワーナー・ブラザースと契約。彼はこのロサンゼルス時期に新進気鋭の西海岸のミュージシャンと交流を深め、素晴らしいアルバムを何枚か発表した。『スペシャル・トリートメント』、『キャリビアン・ラプソディ』、『ジャック・マグネット』のアルバム制作には、サックスにトム・スコットやリチャード・エリオット、トランペットにジェリー・ヘイ、バック・ヴォーカルにビル・チャンプリン、ギターにカルロス・リオス、そしてジェフ・バクスターやアーニー・ワッツ等、西海岸の新鋭アーティストが参加。特にAORファンの間で名盤と誉れの高い『ジャック・マグネット』では、若き日のジェイ・グレイドン、リチャード・ペイジ、故ジェフ・ポーカロやヴィニー・カリウタ等が腕をふるい、ヤコブが生み出す繊細でポップなメロディは、豪華メンバーによりすこぶる西海岸的な味付けがなされた。
これだけでも十二分にスゴイ経歴だが、JFMは実は外交官でもあった。日英の音楽シーンに通じた彼はアイスランド政府の敏腕文化担当官としてロンドンに駐在し、母国のアーティストを欧米の各種フェスティバルや展示会等に数多く送り込んでいった。
そんな役割もあり、JFMが手を染めたアルバムの数は尋常ではない。本人に関しては、現在までに23枚のアルバムを発表し、そのうちの15枚はスツーズメンの名義。またアイスランド国内では映画人としても成功を納め、彼が関わった代表的な映画には『Nickel
Mountain』、『Cool Jazz and Coconuts』、『Brasiliufararnir』、『Ahead of Time』、『On
Top』などがあり、特に『On Top』は公開当時アイスランド国民の半数が見たと言われる氷国最大のヒット作品だ。
そんなJFMが久々にソロ・アルバム『Piano!』を発表した。2006年1月にアイスランドでリリースされたこの作品は、ピアノを丸ごと使用した斬新な音作りと、繊細で美しいメロディが大きな話題を呼んでいる。 |